เข้าสู่ระบบ王宮の大広間の扉が、背後で重く閉まった。
さっきまで耳を満たしていた楽の音も拍手も、石造りの回廊に一歩踏み出した途端、遠い別世界みたいに薄れていく。残るのは、私と隣を歩く王太子レオン殿下の足音だけだ。
「今日はご苦労だった、聖女リディア」
殿下は、宴の最中と変わらない、公務用の笑みのまま言った。
「陛下や客人の前で、聖女としての役目を果たしてくれて感謝する」
「身に余るお言葉です、殿下。本日の婚約発表も、滞りなく済みましたね」
口から出るのは、訓練された模範解答だ。
でも胸の奥では、別の言葉が渋滞している。
──これから、私はこの人と暮らすのだ。
聖女としてだけでなく、王太子妃としても。
人払いされた回廊には、他に誰もいない。護衛騎士たちでさえ、少し離れた場所に控えているだけだ。
だから、今なら。少しくらいなら、仕事以外の話をしてもいいはず。
「殿下。あの……これからの生活について、少し伺ってもよろしいでしょうか」
「生活?」
殿下の足取りが、わずかに緩む。
「はい。聖女としての務めは、これまで通り大神殿中心で構いません。ただ、王宮との行き来や私の居室のこと、休息の時間の取り方など、事前に取り決めをしておけたらと」
なるべく感情を込めないように、項目だけ並べる。これは恋の相談じゃない。案件のすり合わせ。そう自分に言い聞かせながら。
「細かいことは侍従に任せればいい。必要な段取りは整えさせる」
レオン殿下は、窓の外の塔を見たまま、視線をこちらへ戻さない。
「君の負担は、王宮として可能な限り減らそう。だが、国難の折には、聖女も王太子妃も休むわけにはいかない」
国難。
前の世界の上司も、よくその言葉を使っていた。「今月は非常事態だから」「ここだけは踏ん張りどきだから」。
けれどここは、もうあの会社ではない。私はひとつ息を吐いて、喉まで出かかった毒を飲み込む。
「国難の際に働くのは当然です。私が伺いたいのは、平時の話でして」
「平時?」
「はい。仕事をきちんと果たすためにも、どこまでなら休んでよいのか、どこからが限界なのか。お互いに知っておけたら、と思いまして」
言いながら、自分でも図々しいことを言っている気がしてくる。
それでも、聞かずにはいられなかった。前任の聖女が倒れた話も、見習いが奉仕の最中に崩れ落ちた夜も、まだ目の裏に焼き付いているからだ。
「……そのような細部は、いちいち事前に決める必要はないだろう」
殿下の声は、月光より冷たく感じられた。
「王宮も神殿も、状況に応じて柔軟に対応する。君は与えられた場で、役目を果たしてくれればいい」
「柔軟に……」
それは、私の知っている危ない言葉だ。
前の世界でも、就業規則の曖昧な文言に、よく添えられていた。裁量。自己判断。やむを得ない事情。
「もちろん、聖女としての務めはこれまで通り全力で果たすつもりです」
私は笑みを保ったまま、言葉を継ぐ。
「ただ……恋愛でなくて構いません。白い結婚でも。それでも、せめて、お互いに人としての信頼だけは、築けたらと思うのです」
「信頼?」
今度こそ、殿下がこちらを見る。けれど、その灰色の瞳には、戸惑いとわずかな警戒しかない。
「困ったときに助けを求められるとか、限界が来たときにもう無理ですと言えるとか。そういう相手であってほしい、と」
言ってから、胸がきゅっと縮む。
これは案件ではなく、私自身の、ささやかな願いだ。契約書の余白に、小さく書き添えたい一文。
「……俺は」
レオン殿下が、歩みを崩さずに言う。姿勢も声も、公務の時と同じだ。
「俺は国と民に信頼されるべき立場だ。王太子として。個人として誰かに寄りかかる余裕はない」
「寄りかかるつもりはありません」
気づけば、少しだけ語気が強くなっていた。
「私が求めているのは、弱音をぶつけ合うことではなくて。正直に限界を告げても、責められない関係です」
それでも、と喉の奥で言葉が渦巻く。
それでも、私はあなたの役に立ちたいし、あなたにも私を一人の人間として見てほしい、と。
けれど、その言葉は最後まで形にならなかった。殿下の横顔が、あまりにも固く、決意で縫いとめられていたから。
「俺は、王として生まれ、そのように育てられてきた」
殿下の声は淡々としているのに、どこか自分自身に言い聞かせているようだ。
「感情や私生活より、国と責務を優先するように。君との婚姻も、その延長だ。……君にとって不公平なのは分かっている」
「不公平だなんて」
反射的に否定する。
「だから、最初に言っておく」
回廊の端に近づいたところで、殿下が足を止めた。窓の外には、王都アルシエルの灯りが、夜空と溶け合ってまたたいている。
「君に、期待されても困る」
その前置きで、胸の奥がひやりとした。
「……期待、ですか」
「俺は国のための駒だ。誰か一人を特別に愛するつもりはない」
言葉が、石壁にぶつかって、もう一度私の耳に返ってくる。
レオン殿下は、まっすぐ前だけを見て、続けた。
「お前を愛するつもりはない。愛せなくても、役割を果たせばいい」
その一文は、きれいに整えられた条文みたいだった。
主語と述語が過不足なく並び、解釈の余地も、情状酌量の余白もない。
ああ、この人は本気で誠実なつもりなのだ、と分かってしまう。
最初から期待させておかなければ、あとで裏切ることもない。最初からないと明言しておけば、そこから増えないぶん、きっと誰も傷つかない。
──そう信じている顔だった。
胸の内側から、何かがすっと冷えていく。
けれど私は、笑みを剥がすことができない。
「……承知いたしました、殿下」
喉の奥が少し焼けるのを、言葉で押し流す。
「恋愛を求めるつもりはありません。聖女として、王太子妃として、与えられた役割を果たします。それが、国と大神殿のためになるのなら」
私のため、ではなく。
自分で選んだはずの言葉なのに、耳に届いた瞬間、他人の台詞みたいに聞こえた。
《……これは、もめるやつですね》
頭の奥で、柔らかい声が響く。
契約の女神様だ。いつの間にか、静かに成り行きを見ていたらしい。
《お前を愛するつもりはない。愛せなくても、役割を果たせばいい……はい、問題発言、ひとつ登録っと》
「登録?」
心の中で思わず聞き返す。
《ええ。今のやりとり、全部発言ログとして保存しました。婚約契約の実態確認のときに、証拠として出せるように》
口調はいつも通り軽いのに、内容はやけに冷静だ。
《片方が明確に愛さない宣言をしておきながら、一方的に奉仕を求めていた、となれば……将来、いろいろと困るでしょう?》
「将来、ですか」
《はい。たとえば三年後に、この契約、破綻してません?って聖女さんに聞かれたり、とか》
「女神様。どうか、このご発言は内密に」
《もちろん、勝手に流したりはしませんよ。必要になったときだけ、形式通りに提示します》
形式通り。
それは、この世界で一番、怖い言葉のひとつだ。
私は胸の奥をそっと押さえる。
こんなふうに傷ついたことも、きっと聖女として当然で片づけられるのだろう。
それでも私は笑う。
「改めて、殿下。本日はありがとうございました」
振り返って、深く裾をつまみ、宮廷礼をしてみせる。
「今後とも、聖女として、王太子妃として、どうぞよろしくお願いいたします」
「……ああ」
レオン殿下は、少しだけ視線をそらしてから、短く答えた。
回廊を吹き抜ける夜風が、マントの裾を揺らす。
さっき殿下が告げた一文が、まだ耳の奥で何度も反響している。
お前を愛するつもりはない。
愛せなくても、役割を果たせばいい。
三年後の神前確認式で、この言葉が国中の前でログとして読み上げられ、私がようやく自分のための契約を書き始めることになるとは、このときの私はまだ知らなかった。
その朝、私は久しぶりに「計画通り」という言葉を信じていた。 公正契約大神殿の相談受付ホール。掲示板には、女神の羽ペンで書き換えられた新しい勤務表が貼られている。夜間対応は原則なし、臨時は申請制、休養日は確保。たった数行なのに、呼吸が軽い。「聖女様、本日の予約は……え、ええと、ちゃんと昼に収まってます!」 ティオが書類束を抱えたまま笑う。「うん。奇跡だね」「奇跡って言わないでくださいよ! 僕が昨夜、全部組み替えたんですから!」 そこへ、外がざわりとした。 駆け込んできた伝令の神官が、息を切らして言う。「隣国ウェルナの辺境で、原因不明の熱病が流行している、との噂が……! 旅の商人が……」 噂。たったそれだけの言葉で、前世の記憶が喉の奥に蘇る。増える数字、鳴りやまない連絡。 背筋が冷えた私の隣で、ティオは青ざめて未来を先に見てしまう。「患者の流入や難民が来たら……神殿の祝福、追いつきません……!」「まずは落ち着こう。正規の報告が来てから」 そう言ってくれたのは、いつの間にかホールに現れていたセルジュさんだった。黒い外套の裾が揺れて、空気がきゅっと締まる。 そして、締まった空気はそのまま、面倒の形に固まって運ばれてきた。「聖女殿! 緊急だ! 緊急事態だぞ!」 王都の有力貴族の集団。顔見知りの「祝福常連」たちが、これでもかと香水を漂わせて押し寄せる。 代表の男は、隣の者の肩を叩きながら大仰に宣言した。「疫病がこちらへ広がる前に、我が家の者たちの健康と屋敷を、夜通しかけて徹底的に祝福していただきたい!」 家の者と屋敷、事業所、夜通し。噂の段階で、まず自分たちを先に守れ、と。 ティオが胸に抱えた新フォーマットの紙が、心細そうに震えている。「え、ええと……夜間の祝福は、事前申請と緊急度の確認が必要に…
会議室の真ん中に浮かぶ光の板は、昨日のまま真っ赤だった。 祝福件数、相談件数、予定外対応、書類、移動。全部が「限界です」と叫んでいる。「……やっぱり、何度見ても、えげつないですね」 ティオが喉を鳴らす。「えげつない、で済ませるのは優しいですね」 セルジュは淡々と線を引き続けていた。いつもの丁寧な声。でも、ペン先がほんの少しだけ揺れている。 大神官長アグナスは、椅子に座ったまま沈黙していた。やがて彼は目を閉じ、ぽつりと呟く。「……似たような数字を、昔、1度見たことがある」 空気が少しだけ冷える。「10数年前、私がまだ若輩だったころ……仕えていた聖女がいた」 アグナスは自嘲気味に笑った。 「優しい方でな。誰も断らず、誰よりも早起きで、誰よりも遅くまで祈った。……そして、ある日倒れ、そのまま戻らなかった」 ティオが「そんな……」と声を漏らす。私は唇を噛んだ。数字が急に「人」になる。「当時の我々は言ったのだ。『聖女の奉仕は神意であり、止めるのは畏れ多い』と」 アグナスの指が、赤い棒グラフの頂点をなぞる。 「……神意を盾にして守っていたのは、聖女ではなく、私たちの責任の方だったのだろう」 胸の奥に、前世の空気がふっと刺さった。 『トップの号令だから』『会社のためだから』。便利な免罪符。誰かが倒れても、誰も自分の名前で止めないやつ。 アグナスが立ち上がり、私の前で膝をつきかけた。 「や、やめてください!」 私は慌てて立ち上がる。 それでもアグナスは深く頭を垂れた。 「リディア殿。私は、君の前任者を守れなかった。そして、君の契約書に手を入れることを、神意と前例のせいにして避けてきた」 言葉が重い。慰めるべきか迷って、でも私は、契約で守る側だと思い直す。「……過去は変えられません」 私はゆっくり息を吐いた。 「でも、『今からの前例』なら、私たちで作れます。頭を上げてください。責任者には、責任者の仕事をしてもらわないと困ります」
夜明け前の大神殿は、石の床まで眠そうな顔をしている。私が祈祷室へ向かう回廊の窓には、まだ朝の色が薄い。 そこへ、足音がきっちりと等間隔で重なった。「おはようございます、聖女殿。本日一日、業務量を記録します。……差し支えない範囲で」 セルジュさんは書類バインダーを抱え、もう片方の手には、妙に立派な砂時計を持っていた。 砂時計。神殿で? と口の中でつぶやく前に、ティオがわなわな震えながら叫ぶ。「さ、砂時計まで用意してるんですか!? 宰相補佐さま、そこまで本気なんですか!」「記録は武器ですから」 淡々と言い切るのが、また怖い。私は苦笑して肩をすくめた。「差し支えない範囲がどこまでかは、業務の後で一緒に考えましょう。たぶん、今日一日で境界線が消えます」「承知しました。消えた境界線は、条文で引き直します」 頼もしさと同時に、背筋が寒いほどの宣言だった。 ◇ 聖女執務室に入った瞬間、ティオが今日の予定表を広げる。 赤。赤。赤。余白のはずの紙が、血のような赤で埋まっている。「午前は貴族家の家族祈願、午後は神殿幹部用の祝福、その合間に定例相談が……」「その合間がもう合間じゃないね」「はい……え?」 ティオが顔を上げたところで、扉が叩かれる。叩かれる、というより、叩き続けられる。「聖女様! 妻が今朝から咳が止まらず」「聖女様! 旅の一行が通りがかったついでに祝福を!」「聖女様! うちの息子の試験が今日で、念のため!」 雪崩だ。予定表が紙一枚で受け止められる量じゃない。 ティオは半泣きで私を見た。「聖女さま、今日も予定外が山ほど……」「予定外が常態化しているなら、それはもう予定ですね」「言い方が冷たい!」 ツッコミながらも、セルジュさんが小さく笑った。笑うと、余計に怖い。
翌朝、王宮の小会議室は寝不足の匂いがした。 窓の外には、まだ薄く、空に残像みたいな神託文字が漂っている。昨日、大聖堂の天井いっぱいに現れたあの一文。 【聖女労働契約:重大違反を検出】 あれを見た瞬間のざわめきが、今も壁に染みついている気がした。「聖女殿。こちらへ」 呼ばれた席は、なぜか末席寄り。形式上、私は当事者で、原因でもあるらしい。 テーブルの上には巻物が山。重い。前例という名の重石が、こうして物理で置かれる世界だ。 グスタフ王は額を押さえ、クロード宰相は咳払いで時間を稼ぎ、大神官長アグナスは硬い笑みを貼りつけている。 セルジュだけが、いつも通りの無表情で私の隣に立っていた。目が合うと、ほんの少しだけ、安心したようにまぶたが緩む。「まずは状況整理を――」 宰相が口を開いた、その瞬間。天井が白く瞬いた。 ドン。 落ちてきたのは光ではなく、分厚い本だった。机が震え、インクの匂いが立つ。 表紙に、黒々と刻まれている。 『聖女奉仕契約(現行版)』 室内が凍った。 そして、頭の中にだけ、あのゆるい声が響く。『原本、持ってきました。前世のシステムで言うと仕様書ですね』「……女神、さま」 アグナスが反射でひれ伏した。慣れた動きが、むしろ痛々しい。 王が椅子から半歩だけ立ち上がり、すぐに座り直した。王様でも神相手だと挙動が忙しい。『昨日の稼働停止、あれは嫌がらせじゃなくて安全装置です。今日は原因究明。はい、会議、続けてどうぞ』 女神はさらっと丸投げしてくる。私は喉の奥で、笑いかけた息を飲み込んだ。笑えない仕様書が来たからだ。「セルジュ、読み上げを」 王の命令に、セルジュが一歩前へ出る。 彼がページをめくった瞬間、黒インクの文字がじわり、と滲んだ。 まるで紙が汗をかくみたいに。「第12条。聖女は疲労を理由に祝福を拒否できない」 言葉が落ちるたび、文字の周りから黒い煙のようなものが立ち上る。
公正契約大神殿の大聖堂は、どう見ても巨大な契約書だ。 柱にも天井にも条文が刻まれ、その真ん中で私だけが、生身のまま立っている。(やばい、立ったまま寝る……) 昨夜から祈願と相談と書類確認を詰め込まれ、仮眠もろくに取れていない。 そこへ「どうしても今日でないと困るんです」という有力貴族の結婚式がねじ込まれて、私の稼働ログは朝から真っ赤だった。「聖女リディア様、準備を」 補助神官の声。少し後ろでは、若手書記官ティオが紙束を握りしめて震えている。「し、聖女様……式のあとに『予定外祈願』が3件……」「聞かなかったことにしようか。今は目の前の式だけ」「す、すみません……!」 祭壇の前には新郎新婦、客席にはぎっしりと上流階級。 その視線を感じながら、私は深呼吸をした。《本日の稼働時間、すでに推奨上限の1.5倍ですねえ》 頭の奥で、軽い声が笑う。 公正契約の女神。私の庇護神であり、この世界で一番ログにうるさい存在だ。(女神様、実況は後にしてください)《いえいえ、ログは積み重ねてなんぼですから》 儀式はクライマックスへ進む。「では、公正契約の女神の祝福を——」 大神官長アグナスの声に合わせ、私は両手を掲げた。 契約書レイアウトの魔法陣が光を増し、新郎新婦の足元から淡い金色の光が立ち上がる。(ここでコケたら、式が台無し……) 焦りと眠気で視界が揺れた、その瞬間。《はい、そこまで》 女神の声が、いつもより低く落ちた。《これ以上ログを積んだら、あなたも世界契約もまとめて過労死コースなので、止めます》(世界契約まで過労死は嫌ですね……)《ですよね。では、強制停止》 祝福の光が「ブツッ」
西の空が赤紫に沈みかけていた。 契約大橋の石畳には、紙吹雪と花びらの残骸が、湿った色のまま張りついている。さっきまで祝祭だった場所が、今は片付け途中の舞台みたいに静かだ。 遠くの広場からは、まだ人々の声が風に乗って届いてくる。 断片的な噂と、屋台を畳む音が、まだ風に乗って届く。今日一日で「契約」という単語を何度聞いたか分からない。 橋のたもとに立つ私の隣で、低い声がする。「本日の移動経路は、簡易支援契約第3条に基づき、私と護衛隊がご一緒します」 礼服から簡素な外套に着替えたセルジュ様が、いつもの事務的な口調で告げた。少し後ろには、女性騎士と平服の護衛が数名。「……私を一人にしない、条文でしたね」 さっき署名したばかりの文言を、私は口の中でなぞる。 聖女の安全確保のため、原則として単独移動を禁止する。 最低限と呼ぶには、少しばかり手厚い内容だ。(最低限の意味、やっぱりおかしい) 心の中だけでツッコミを入れる。《リディア、稼働状況の確認です》 女神様の声が頭の奥に降ってきた。《本日の精神負荷、平常時比でおよそ5倍。歩行可能ですが、急なイベントは控えましょう》「診断がざっくりしています」 足元を見ると、石畳の一部に古い文字が刻まれている。国と神殿の条文が、何十年も前からここにあるのだろう。夕焼けを受けて、その一行一行がうっすらと光っていた。《契約大橋は、もともと国と神殿の約束を刻んだ場所です。 最近は、個人のログも、少しずつここを通るようになりましたが》「私の三年間分のログも、今日ここを通ったんでしょうか」《ええ。ブラック寄りのやつが、どっさり》 背筋に、ひやりとしたものが走る。 国のため。王家のため。誰かのため。 その言葉で塗りつぶしてきた三年間が、光の粒になって橋の下へ流れていったところを想像してしまう。「……行きましょう」